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北海道書店商業組合理事長、札幌・くすみ書房の久住邦晴氏は「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め」の生みの親。
来客数の減少から一時は閉店を考えたこともあるという久住さんの「町の本屋の挑戦」を中央社研修会で聞いた。
〔地下鉄延伸で閉店の危機〕
平成15年9月、私どもの店には大変な危機がありました。
私の店は昭和21年の開店で、父の代から60数年、町の本屋として教科書や地域に根差した堅実な商売を続けてきました。
それがいろいろな理由で売上げを落とし続けていました。
一番大きな原因は、店から3百bほどのところに地下鉄「琴似駅」があり、東西線の最終駅でした。
そこからのお客様が大変多い店だったのですが、東西線が2駅延長になり、最終駅が通過駅になってしまったのです。
乗降客数が激減します。
バス路線も大幅に減ってしまった。
店の前に大きなバス停がありました。
地下鉄を降りてバス停まで歩き、そこからさらに奥まで帰る流れだったのが、バスの便数が8割ぐらい減り、人の流れが止まってしまいました。
特に夕方の5時以降、並びの西区役所のしまる5時以降は人通りがほとんどなくなってしまった。
地下鉄琴似駅には紀伊国屋も入っていましたが、紀伊国屋もたまらず店を閉められた。
私どもはそこ1軒しかありませんので、閉めるわけにはいかない。
なんとか売上を伸ばそうと、あらゆる努力をしましたが、ほとんど効果がなく、対前年比で2割ずつ売上が落ちていきました。
いよいよ資金も底をつき、もう無理だと判断したのが平成15年9月です。
社員を集めて現状を話し、おそらく来年の7月には資金がなくなる。
店を閉めざるを得ない。
皆さんも今後のことを考えてほしいとお話ししました。
とはいえ、私自身はあきらめる気はなくて、なんとか道はないか、もがいている日々でした。
そういう時には本を読みます。
店にあるビジネス書を次から次に読みました。
そんな時、ある小冊子が届き、何気なく開いた頁に本の紹介がありました。
「きっとこの本で救われる人が出てくるだろう」とあります。
さっそくその本を取り寄せました。
『あなたの会社が90日で儲かる』(フォレスト出版)という本でした。
その本には「今までのやりかたでは通用しない。
非常識と言われてきたことの中に成功のヒントがある」として、新しい発想で人を集める様々な具体的方法が書かれていました。
そうか、人を集めるのか。
それまでは売上げを伸ばすことばかり考えていた。
なかなか効果が出ない。
人を集めるというのは考えてみればまだ1回もやったことがない。
それならやるべきことはたくさんあると気づき、希望が生まれてきました。
これからは、売上げを追い求めるのでなく、人を集めてみようと発想を転換しました。
〔なぜだ!売れない文庫フェア〕
人を集めた経験はないですから、まずプロに話を聞きに行こうと思いました。
友人が小さな放送局と広告代理店をやっていましたので、どうしたらいいか聞くと、即座にマスコミを動かしなさい、経営者であるあなたを売り込みなさいと教えてくれました。
新聞、テレビで記事、ニュースとして取り上げてくれることをやればよい。
それをあなたがあちこちで話しなさい。
ニュースになるには、人のやらない面白いこと、珍しいことをやればよい。
向こうもそういうものを求めている。
そこでいろいろと相談しました。
その時、どうせやっても無駄だと思っていた企画がいくつかありました。
その中のひとつに「無印本フェア」がありました。
たとえば新潮文庫だと、当時2千2、3百点が流通していましたが、売上ランク1500位以下のランク外が7〜8百点あった。
これを集めてフェアをやれば面白いが、誰もそんな本は売りません。
札幌の本屋でランク外まで全部置いているのは紀伊国屋書店、コーチャン・フォー、旭屋書店の3軒しかなかった。
その企画を友人に話したところ、面白い、売れなくてもいいからそれをやりましょうということになった。
店に帰って、社員に話したところ、みごとに全員が反対した。
でも、みんなが反対するなら、かえって面白いかもしれないと思いました。
一晩考えて、「なぜだ!?、売れない文庫フェア」という名前を思いつきました。
そして、それをマスコミにアピールするため手書きのチラシ(別掲)を作りました。
新潮文庫の売れない無印には私どもの時代にベストセラーだった『次郎物語』も入っています。
ちょっと檄文調のチラシを作って、新潮文庫の700点と、ちくま文庫の800点を3延べで発注しました。
出版社さんにはフェア名は内緒だったのですが、新聞社が確認のため出版社に「ある書店が売れない文庫フェアをやるそうです」と取材したところ、出版社は「こういう時期ですから大歓迎です」と大人の対応をしていただいたそうです。
フェアの企画書を作り、@このままでは町の本屋が消えていく、Aどこも置かない良書も消えていくとメッセージを書いて、各新聞社のデスクに送りました。
翌日、北海道新聞社と毎日新聞社から取材をしたいと電話がありました。
フェアの始まる10月27日は秋の読書週間の初日です。
新聞社も読書週間に合わせて記事を探していたのが幸いした。
北海道新聞社は写真付きで大変大きく取り上げてくれ、内容も好意的でした。
朝、会社に行ったところ、朝から電話が鳴りやまない。
「今からくすみ書房に行きたいが、どう行けばいいのか」という問い合わせが次から次にかかってくる。
店を開けるとお客様が次々に入ってきて、昼過ぎには狭い店内はいっぱいになってしまった。
売れない本でしたから背表紙では全く売れないだろうと思い、両側に1冊ずつ面出しできる棚があるので、フェアの文庫はすべて表紙が見えるよう陳列しました。
工夫したのはそれだけです。
お客さんがびっしりのところに、今度はテレビ局が取材に入り、夕方のニュースで流してくれた。
それ以後、毎日のようにすべてのテレビ、新聞社が取材してくれたおかげで、売れないはずの1500冊が1カ月で全部売れました。
翌11月の売上は対前年比15%アップ。
何もしなければ20%ダウンですから、30%のアップということで、私自身が驚きました。
当初、年内いっぱいだったフェアをその後も継続し、拡大しました。
翌年2月には中公文庫のほぼ全点をやりました。
このあたりから、だんだん札幌で変なことをして売りまくっている書店があると評判になって、いろいろな出版社に来ていただけるようになりました。
その中に岩波書店さんもありました。
岩波の営業の方が「私どもの文庫が一番売れない」と言うのです。
それで、翌年5月、第3次「売れない文庫フェア」で岩波文庫の全点を用意しました。
全点にしたのは、中途半端に置いてもインパクトがない。
全点ならお客様を引き付ける。
私の店は100坪の書店です。
本だけで言えば70坪しかない。
当時、全点を置いていたのは札幌駅前の旭屋書店(8百坪)だけで、紀伊国屋書店ですら9百冊しか置いていなかった。
〔店内で『坊ちゃん』を朗読〕
ただ並べるだけではだめだろう。
何か策が必要だと考え出したのが朗読でした。
岩波文庫の名作をマイクで朗読して、店内にBGMで流してみようと考えたわけです。
それを北海道新聞に電話すると、「それはどこでもやっていることですか」と聞くので、調べた限りでは1店もないと説明すると、「それでは紹介しましょう。
そのかわり久住さんが朗読してください」と言う。
それで、『坊ちゃん』を毎日20分ずつ店内で朗読しました。
これも大きく紹介されたところ、お客さんが次から次にくる。
しばらく前に『天国の本屋』という小説がベストセラーになりました。
新潮文庫から出て映画化されました。
そのロケ地が札幌近郊の石狩でした。
映画が上映された後、ロケのセットが石狩埠頭に残っていて、それが2日間だけ一般に公開されました。
面白そうだと見にいった印象が非常に強かった。
天国の本屋は入って行くと真っ暗で、ろうそくの明かりしかない。
これじゃ本が見えない。
本棚の代わりにタンスのようなものが置かれていて、何だかよくわからない展示です。
最初は笑っていました。
レジの前に池があり、その向こうにイスが置いてある。
天国の本屋の売り物は朗読だったのです。
お客さんに頼まれると、店員がその場で朗読する。
そこの所を感心して帰ってきましたが、私ではこんなとんでもない本屋はできないと思った。
その時の印象が強かったものですから、朗読というのが頭にあった。
そして岩波文庫の販売促進として始めたわけです。
毎日夕方5時から20分間朗読しようと決めました。
1カ月ぐらいがんばればいいよねと、私と朗読の出来そうな社員二人で始めました。
最初の1週間は私が朗読しました。
店内にイスを10脚ほど用意して、マイクを使って声を出して本を読む。
緊張し、汗だくになりました。
お客様も突然、マイクの音が響いてくるのでびっくりします。
「子どもの頃から無鉄砲で……」と朗読が始まると、一体何が始まったのかとお客さんが見にきます。
私が読んでいるのを見て怪訝な顔をする。
これを繰り返して、だんだん、くすみ書房では夕方5時になると朗読が始まるというのが日常風景になっていきました。
そして、予想外のことが起きました。
新聞に載ったのを見ていろいろな方が聞きにきてくださった。
その中から私も読みたいと言う方が現れたんです。
隣町から林さんというおばあちゃんが来て「私も読みたいけど、どうだろう」。
それはありがたいですが、どうしてですかと聞きました。
その当時、声に出して読むことで脳の活性化を図るという健康法がはやっていた。
ぼけ防止で家で本を読んでいたが、それではつまらないので、人前で読みたいと言うのです。
それで翌週からお願いしました。
その方を皮切りに私も読みたいという人が出てきた。
5月にスタートして、6月には読みたいというボランティアの方でカレンダーがいっぱいになりました。
そのあともお客様の協力を得てずっと続けていました。
日曜と祭日を除く毎日、朗読が店内に流れます。
これがまたマスコミによく受けて、すべての新聞、テレビが取材に来ました。
1回目には応援してくれなかったNHKも中継車を出して、アナウンサーも来ました。
朗読自体では売上は上がりませんが、それを見てお客さんが来てくれた。
5年間、毎日続けました。
今度の店でも朗読をしたいのですが、なかなか雰囲気の点で厳しい。
朗読をしてもよいような雰囲気になかなかならない。
でもがんばって今月末か来月からでも今の店でも朗読を始めようと思っています。
いままでやってくださっていた方には、まだですかと聞かれています。
このおかげで岩波文庫の売上冊数が店で一番になりました。
それまで岩波文庫は客注以外、ほとんど1冊も置いていなかったのですが、ひところ、岩波文庫の売上が道内で2番になりました。
今はそんな順番ではないですが、今でも岩波文庫はよく売らせていただいています。
ちくま文庫も全点フェアのおかげで、道内で10番以内に入りました。
その後、河出文庫、講談社学術文庫、文芸文庫とやりました。
学術文庫は一昨年の秋に置きました。
すべて表紙が見えるように並べました。
学術文庫はほんとうにきれいになりまして、表紙が並ぶと壮観です。
お客さんもこれに反応して大変よく売れました。
ところが、棚に戻すとぱたっと売れなくなる。
表紙を見せることは大変重要だと思っています。
〔中学生の読む本がない〕
売上げもだいぶ回復しましたが、まだまだです。
まだ人を集めなくてはいけない。
夕方、レジに立っているとやはりお客さんが少ない。
ため息をついて、ふと気が付いたのが、そういえば学生の姿が全然ない。
昔は夕方、中学生や高校生がいっぱいいた。
最近は全然来なくなった。
いろんな理由があるでしょうが、店内に中学生向けの本がほとんどないということに気付いた。
あるのはマンガ、雑誌、学参だけ。
これではまずい。
それで他の書店も何軒かチェックすると、中学生向けの本がほとんどない。
文庫は少しあって、本好きな中学生ならそこから選ぶけれど、本の苦手な中学生にはちょっとむずかしいだろう。
中学生を店に集めるため、考えてみようと思いました。
中学生は一番本を読まない世代と言われています。
札幌でも30%、3人に1人は月に1冊も本を読まない。
読まないから買わない。
我々も中学生をほとんどお客さんと見てこなかった。
新学期以外に一般書の対象として見てこなかったことを反省しました。
では、中学生向けの本棚を作ろうとと思い、リストを探しましたが、これはというものがない。
それでは自分たちで作ろうと、私と家内でリストを作り始めました。
基準はただ一つ、面白いことです。
もしかしたら本の苦手な中学生たちの最初の1冊になるかもしれない。
これがもしつまらなかったら、次に続かない。
フェアを準備していると、その情報が仲間の書店に伝わり、面白いから一緒にやりたいと言う。
それでは、やりましょうと皆さんに声をかけたら、札幌市内27店が手を上げていただきました。
そして書店組合主催ということで、16年の秋の読書週間からフェアをスタートさせました。
この時、どうせだったら後援いただこうとPTA連合会など、いろいろなところに声をかけました。
その中で札幌市教育委員会は、「これを読め」というような命令形は教育委員会にふさわしくないからだめだと言うんです。
「これを読んでくださいなら後援します」というのでお断りしました。
翌年も同じことを言われまして、それからは後援をお願いしていません。
この企画は私どもが働きかけるまでもなく、マスコミが大きな記事を書いてくれました。
新聞記事を見て最初に来たお客さんは、札幌の隣町、江別のお母さんでした。
「うちの子は本当に本を読まないのですごく有り難い」と何冊も買っていきました。
いろんな方が来られましたが、最初は中学生がほとんど来なかった。
来たのはお母さん方、学校の先生、公共図書館です。
特に公共図書館、学校図書館はリストがほしいと言ってきました。
フェア期間が終了しても売場は常設にしました。
およそ3本の棚を常設にしたのですが、だんだん棚の前に中学生がいるようになったのです。
どういうことかなと考えたら、中学生はここにいてもいいんだという場所として認められてきた。
これは結構大事なことかもしれない。
夏休みが終わるころには何人もそこにたむろするようになりました。
「中学生はこれを読め」のフェアは翌年には北海道全域70店で展開しました。
昨年、第6回のフェアを行ったところです。
第6回は40店を切るぐらいに激減したのですが、一番の原因は廃業、閉店です。
大変残念なことです。
講談社の未来研の会合で静岡県の書店が札幌に来られた時、タクシーの運転手さんが札幌にも面白い本屋があると紹介してくれた。
それをきっかけに、その年の秋に静岡組合の加盟店60店ほどでフェアをやり、その後、愛知、岐阜、三重、石川でもやっていただきました。
ありがたいことに北海道新聞が500冊のリストを本にしましょうと言ってくれ、書店で販売しました。
予想外に売れて、4刷1万4千部売れた。
去年の夏には第2集が出ました。
この時から1冊10円を組合にいただいています。
熊本でも『オーイ、中学生、本はよかばい』を出しています。
すばらしいと思います。
選書も私どもとは少し違っている。
これもよく売れて2冊目が出ました。
2冊目も評判がよくて3冊目が商業出版で出ました。
各県ごとに中学生のお薦め本ができたらすばらしい。
地元の本、ご当地の作家と特色を出していけば全47冊の全集ができる。
〔ソクラテスのカフェで本談義〕
まだまだ売上を伸ばしたいと、次に考えたのがカフェです。
今はなくなりましたが『論座』という雑誌で「あなたにとって理想の本屋はどんな本屋ですか」というアンケートをとりました。
その中で、@喫茶店を併設してほしい、A古本も一緒に置いてほしいという答えが多かったのです。
読んでいるうちに、これだったらうちでもできるかもしれないと思いました。
うちはビルの1階のテナント100坪です。
地下に飲食店街があり、何年もしまっている喫茶店がありました。
そこに本棚を持ち込んでやれば、できそうだ。
さっそく大家に交渉して、かなり安く借りることができました。
ペンキを塗り、本棚を持ち込み、古本屋に交渉して本を仕入れるルートを作り、ブックカフェをオープンしました。
古本、カフェのほかにもイベントで人を集めたかった。
池袋のジュンク堂に行くと文化講演会をやっている。
これを札幌でできるかどうか。
最初は20人規模で恐る恐るやりました。
カフェは17年9月20日にオープンし、翌月、福音館から本を出している作家、伊藤遊さんを呼んで、ミニ講演会をやってみました。
そうすると20人の席があっという間に満杯になった。
11月には版画家の手島圭三郎さんに講演していただいたら、やはり20人の席がすぐに埋まってしまった。
翌月からは40人規模にしました。
作家の方々はほとんど無料で来てくれますが、講演はいやがる。
では私が話を聞くから、それに応えてくださいと言うと、それなら気楽でいいとおっしゃる。
では、対談形式でと付けた名前が「ソクラテスのカフェで本談義」としました。
フランスのマルク・ソーテという哲学者がラジオで一般市民に向かって哲学談義をしませんかと呼びかけた。
希望者は日曜日の11時にパリ・バスチーユ広場にあるカフェに来て下さいと声をかけると、かなりの人が集まった。
これが評判を呼んで毎回百名を超える人が集まった。
これがフランス、ヨーロッパ、アメリカ、東京と広まった。
哲学は無理でも文学談義ならできるということで、毎月1回、作家の方に来ていただきました。
1年ぐらい経過した頃、北大に赴任したばかりの准教授、中島岳志さんに来ていただきました。
この方は白水社から『中村屋のボーズ』という本を出して、大佛次郎論壇賞をとった新進気鋭の方です。
私がひそかにやっている「町の本屋のレベルアップ作戦」があります。
往来堂の笈入店長が「ちゃんとした本が買えるような町の本屋でありたい」と書かれている。
その通りだと思いました。
それで、それまでは買い切りとか、値段が高い、むずかしそうだと敬遠していた人文系の本を少しずつ置き始めたのです。
当時、東京ブックフェアに行くと人文系の本がずっと並んでいた。
そこに行って「人文書を置きたいけれど買い切りでしょう」と聞いたら、「いや、そんなことはありません」と、ほとんどすべての出版社が快く出荷してくれた。
もちろん交渉すればということですが。
それに意を強くして人文書を置いた。
笈入さんはジュンク堂に行った時、『虚数の情緒』という本を見つけた。
東海大学出版会で出していて4500円もしますが、「この本なら、うちのお客さんでも何冊かは買う」と思い、すぐ仕入れたら売れた。
それを読んで、私も3冊仕入れてみたところ、1か月もたたずに全部売れた。
また3冊仕入れた。
これを繰り返して50冊以上売りました。
それまでは白水社も買い切りと思っていましたので、置けるとわかって新刊情報をいただいている中に、さっきの『中村屋のボーズ』が載っていて、著者の中島岳志という名前を覚えていた。
札幌のあるパーティーで中島さんの名前を見てあいさつしたところ、意気投合して、翌日、店に来ていただいた。
それで店を気に入っていただいて、うちのそばに引っ越してきた。
この中島先生がイベントなどですごく強い味方になっていただいた。
中島先生の専門はインドのヒンドゥー政治学なので、むずかしくて質問できませんと言うと、講義のようにしてお話しましょうと話してくれました。
これがすこぶる面白かった。
それでは、新しいシリーズで毎回、大学のいろんな先生に来ていただいて、講義をしていただこうと「大学カフェ」がスタートした。
その1回目、政治学の山口二郎先生は1週間もたたたないうちに満杯になりました。
無理やり50名ぐらい突っ込みましたが、山口先生もこんなところで話をするのかとびっくりする。
山口先生もカウンターに座って話をするのは初めての体験です。
膝を突き合わせるような感覚で、先生もすっかり興奮していました。
本談義、大学カフェ、落研によるくすみ寄席、美術館のボランティアの方に来ていただく美術館カフェ、文化教室と様々なことをやっています。
その中で横浜の知人が作品展をやりたいと、1週間貸切でやりました。
DMもたくさん出すからすごく人が来ます。
それで気をよくして、カフェの横を貸しギャラリーにしました。
プロはたくさんの生徒、ファンを抱えています。
作品を即売すると、売上の2割か3割がうちに入る。
カフェの売上も上がります。
ギャラリー、文化教室は本屋の副業としてはすごくいいと思います。
数々の取り組みのおかげで売上が2割、3割伸び続けている時、ツタヤさんの直営店ができて、売上が横ばいになりました。
その翌年の3月にうちから3キロ先にコーチャン・フォーの2600坪の店ができました。
みごとに新学期の学参の売上が半分になりました。
これはまずいなと思っているところに、不動産屋から支店を出しませんかという話がありました。
それまでも何回かお話はありましたが、うちはそんな力はありませんとお断りしていました。
三井不動産でしたが、どんな条件ならいいのかと話していて、では移転ならどうかということになりました。
それなら費用も少なくて済みます。
9月30日に厚別区大谷地に移転しました。
琴似店は中心地から西でしたが、今度は東に20キロのところに移転しました。
そこを決めた1番の決め手は地下鉄直結のSCです。
1日1万人が店の前を通ります。
オープンから1カ月の客数は琴似店の3倍、売上も2倍から2・5倍で、12月には目標を達成しました。
〔高校生の読書ガイドも〕
今後の取り組みは高校生を考えています。
簡単に言えば「高校生はこれを読め」です。
中学生をやってきて、高校の先生方から高校をやれと言われています。
高校生になれば自分たちで選べると思っていましたが、今の高校生は自分で選べない。
それで高校生を考え始めましたが、高校生もただリストを作るのでは面白くない。
いろんなところを巻き込みたいので、まず高校の先生方に過去の読書体験で感動した本、救われた本をコメント付きで教えてくださいとアンケートを集めようとしているところです。
それを集めて「高校生よ、困った時はこれを読め」を作る。
2つ目に考えているのは図書館です。
北海道には書店のない地区がたくさんあります。
高校生が読みたいと思っても本屋がない。
それだったら図書館がある。
道立図書館、札幌市中央図書館、高文連の協力も得て、四者の協力でアンケートを取ります。
それで、どうせなら最初から本にして広く配布する構想です。
司書、大学図書館、高校図書館といろんなところに声をかけ選書部会を作る。
組織は残りますので、それを使って有機的な活動ができればと思っています。
昨年暮れに円山動物園フェアをやりました。
旭山動物園の入場者は年間200万人を超えますが、丸山動物園は2005年の49万人が底で、市長がこれではいかんと優秀な人材を投入して工夫をしてきたことで、じわじわ増え、昨年は80万人に増えました。
そんな動物園を支援するため、シロクマの双子の赤ちゃんが生まれて評判になったこともあり、写真展をやりました。
動物園の方にきていただいてトークショーもやりました。
円山動物園には「栄光への階段」があります。
管理センターの階段の両脇に動物園を見に来た子どもたちのメッセージが貼ってある。
それを見て職員たちは毎日励みにしている。
誰からともなく「栄光への階段」と呼ぶようになりました。
それを聞いて、うちの店の2階への階段を「栄光への階段」にして、良い本を進めるPOPをどんどん貼って行く。
それを見てお客さんが2階にあがっていくと、その本がある。
一般の方々からもPOPを寄せてもらうということを考えています。
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